幼き日の『トンファー』はテレビを見ていた。 彼がかぶりつくように見ている番組。それは「武術戦隊ウェポンジャー」。 それぞれトンファー・ヌンチャク・サイ・ロッド・三節棍を得意とする、 カラフルな5人組が悪の組織と戦う、いわゆる戦隊ヒーローモノだった。 テレビに映るのはトンファーを得意とし、 先陣を切って悪に立ち向かう熱血漢のリーダー『トンファーレッド』。 レッドの一撃により悪の怪人を成敗した5人組は、おきまりの決めポーズをとり、 今週もひとときの平和をとりもどして番組は終わった。 テレビを見終えた『トンファー』は押し入れから 新聞紙を丸めて作ったトンファーを取り出し遊びに出かけた。 ──── 数年後。 彼はトンファー道場の前に居た。 おそらく昔見た番組の影響であろう。 彼は柔道よりも剣道よりもボクシングよりもトンファーを選んだ。 そんな彼が扉を開けて目にした光景。 広い道場の中に二人だけ。 閑散とした雰囲気の中、師範と思われる老人と青年の組み手が行われていた。 老人は流れるような動きで青年の攻撃を受け、 青年は一心不乱に攻撃を繰り出す。 その動きは直線的で力強い、一言で言うなら「熱い」動き。 ・・・それは昔見た『トンファーレッド』そのものだった。 「トンファーレッド!」 『トンファー』はあまりのことに思わず声に出してしまった。 その声に気付いた青年は、組み手を止め『トンファー』に声をかける。 「懐かしいな、その名前w 入門希望者かい?」 「はい、あの、その、トンファーレッドにずっと憧れてて・・・」 「ははっ、光栄だな!番組やってた当時はこの道場にも人が居たんだが、  今はこんな感じでね。入門希望者は大歓迎だよ。」 『トンファー』は憧れの人が通うトンファー道場の門下生となった。 が、トンファーを本格的に始めてみて、一つだけ『トンファー』の考えとは違う点があった。 通常、トンファーと言えば防御はもとより、攻撃の時にも直接トンファーをぶつける、 と言うのが一般的であり、『トンファー』もそう思っていた。 しかし、この道場では「トンファーを使った攻撃・防御」は教えないのだという。 「トンファーとは武具に非ず」というのがこの道場の信条であり、 それが、結果的に「強い」ということになるのだという。 『トンファー』は若干の疑問を抱きつつも、 師匠と『トンファーレッド』先輩の教えの元、メキメキと力をつけていった。 ──── ある日の練習時間。 『トンファー』は『トンファーレッド』先輩と組み手をしていた。 「そろそろ『トンファー』と本気の組み手をしてみなさい。」 師匠が『トンファーレッド』に声をかける。 「僕も自分の力がどの程度、先輩に通用するのか試してみたいです!」 自分の成長を多少自覚している『トンファー』はこれを快諾する。 直後、『トンファーレッド』の攻撃の手が強まり、同時に「殺気」が何十倍にも膨れあがった。 避けようとしても紙一重のところで攻撃があたり、防御してもガードを突き抜けてダメージが来る。 逆に隙を見て攻撃をしようと試みるも、カウンターで攻撃をうける始末。 次第に『トンファー』の意識は遠のいていった。 ゆっくりと白く染まっていく意識の中、『トンファー』は思い出していた。 「武術戦隊ウェポンジャー」 この番組の中でただ一度、『トンファーレッド』が倒されてしまいそうになる場面。 『トンファーレッド』は抵抗しようと自身の持つ必殺技を幾度も繰り出していた。 すべての攻撃が悪に通じなくとも。 『トンファー』の一番好きな場面だった。 『トンファー』はそのあきらめない姿を思い出していた。 ──── 目が覚めると、いつもとは違う場所にいた。 白で統一された部屋。安っぽいパイプベッド。そして、鼻につく消毒液の臭い。 すぐにここが病院と理解する。 「ああ、先輩に負けちゃったんだな。」 そう一言つぶやくと上半身を起こす。特に怪我はしていないみたいだ。 ふと、隣のベッドに目をやると、傷だらけの人が寝ていた。 呼吸器をつけ、体のそこら中に包帯をまき、だれが見ても重体と分かる人が。 ・・・それが『トンファーレッド』先輩だと気付くまでにしばらくかかった。 ──── 迫り来る『トンファーレッド』の攻撃。 遠のく意識の中、一種の幻覚を見た『トンファー』。 意識を失ったその刹那、幻覚と呼応したトンファーから禍々しいオーラが発生し 『トンファー』の腕を浸食する。そして瞬く間に体中を包み込む。 その様子を見ていた師匠は止めに入ろうとする。 が、全盛期ならいざ知らず、老いた体では間に合わない。 黒いオーラをまとった『トンファー』は、バランスを保つ為に持っていた左腕から 攻撃をする為に使っている右手にトンファーを持ち替え・・・・ ・・・・『トンファーレッド』を打ち抜いた。 ──── 師匠から真実を聞かされた『トンファー』。 「トンファーとは武具に非ず」と言う信条は、トンファーがあまりにも強力な為、 そして、トンファーを武器として考えてしまうとトンファーに取り込まれてしまう為であるということ、 そして、その力に打ち勝つことこそが「強さ」なのだと言うことを知った。 ・・・先輩はもうトンファーを握れない体だという。 『トンファー』はうなだれながら、こう口にした。 「・・・師匠、僕はトンファーを辞めます。」 「ならん。一度起こってしまった以上、今後、トンファーが無くてもまた起こりうる。  同じ悲劇を二度と繰り返してはならん。お前は更に修行を積み、  あの力に打ち勝つその日まで・・・  ・・・お前はトンファーと共に生きるのだ。」 しばしの沈黙の後、 「・・・考えさせてください。」 そういって『トンファー』は道場を立ち去った。 『トンファー』は結局道場に通っている。が、以前のような覇気は無い。 このままトンファーを続けてていいのか、悩み続けていた。 ──── しばらくして。 いつものように道場に行くと、退院した先輩が居た。 傷跡が生々しいものの、前と変わらない佇まいで。 今の今までお見舞いには行っていない。 合わせる顔が無いから、なんて謝ればいいのかわからないから、 色々な理由をつけては先延ばしにしていた。 「すみませんでした!!!!」 突然現れた先輩に『トンファー』は考えるより先に土下座していた。 人気のない道場に沈黙が広がる。沈黙を破ったのは先輩だった。 「な〜にやってんだよ!ほら、顔あげろよ!」 そういわれ、顔を上げる『トンファー』。 見上げた先にはやはり前と何ら変わりない『トンファーレッド』先輩の笑顔があった。 「別に怒ってねぇよ!アレは事故だしな。追いつめた俺も悪い。」 先輩は『トンファー』の腕をつかみ体を起こす。 「お前、俺の未来を奪ったとか思ってるんだろ?w  自分と「ウェポンジャー」の悪役を重ねたりしてよ。  でも、勝手に未来が無くなったとかきめつけんなよ!まだ俺には道があるんだぜ?」 封筒を取り出し、『トンファー』に見せた。 「今、師匠に書いてもらったんだ。やられ道場への紹介状。  確かにトンファーはもてなくなったけど、やられ役なら出来るんだぜ?  これからは俺がお前のやられ役になってやるよ。」 そういって『トンファー』の肩を叩いた。 「もう、『トンファーレッド』は居ないけどさ、  これからはお前が『トンファーレッド』になれ!」 先輩は去っていった。 『トンファー』は先輩の背中を見ながら声を殺して泣いていた。 トンファーが先輩の事を「やっさん」と呼ぶようになるのは、もうすこし後のお話☆